女子やり投で世界のトップ選手として活躍する北口榛花選手。
パリ五輪金メダリストとして知られていますが、幼少期は水泳やバドミントンにも取り組み、家族の支えを受けながら成長してきました。
今回は北口榛花選手の生い立ちや家族構成、父親・母親とのエピソード、経歴・学歴・戦績までまとめます。
北口榛花の生い立ちや家族構成は?
世界大会で見せる豪快な投てきと明るい笑顔が印象的な北口榛花選手ですが、現在に至るまでにはさまざまなスポーツとの出会いがありました。
北口榛花選手は1998年3月16日、北海道旭川市生まれです。
家族構成は、
- 父親:北口幸平さん
- 母親:北口規子さん
- 本人:北口榛花さん
の3人家族です。
北口選手自身が過去のインタビューで「一人っ子」と明かしており、兄弟や姉妹はいません。
幼い頃から両親と公園へ出かけ、ボールを投げたり、野球やサッカー、テニスなどさまざまな遊びを経験していたそうです。
現在のやり投につながる「投げる」という動作も、こうした幼少期の遊びの中で自然に身についていったのかもしれません。
また、3歳からは水泳、小学1年生からはバドミントンを始めています。
最初から陸上一本だったわけではなく、複数のスポーツを経験しながら成長してきたことが北口選手の生い立ちの大きな特徴です。
北口榛花と父親の家族エピソード
北口榛花選手の家族について調べると、特に父親との温かいエピソードが数多く残っています。
父親・北口幸平さんはどんな人?
父親は北口幸平さんです。
幸平さんは北海道旭川市内のホテルで製菓料理長を務めてきたパティシエとして知られています。
実は「榛花」という名前にも、父親の仕事が深く関係しています。
「榛」という漢字には、ヘーゼルナッツを意味する「榛(はしばみ)」という意味があります。
幸平さんはパティシエとしてヘーゼルナッツをお菓子作りで大切にしてきたことから、「はるか」という読み方に合う「榛」の字を見つけ、「榛花」と名付けたとされています。
北口選手の名前そのものが、父親との大切な家族エピソードになっているということですね。
記録更新を特製ケーキでお祝い
幸平さんは、娘が大きな記録を残すたびに特製ケーキを作ってきました。
高校時代に58m90の高校記録を出した際には「5890」の数字を使ったケーキで祝福。
2019年に66m00の日本記録をマークした際にも、「66」を大きくデザインしたケーキを作っています。
世界で戦うトップアスリートになっても、父親にとっては大切な一人娘。
大会で結果を残した娘を手作りのケーキで祝うというのは、北口家らしい温かいエピソードといえそうです。
北口榛花と母親の家族エピソード
北口榛花選手の運動能力を語るうえでは、母親の存在も欠かせません。
母親・北口規子さんはどんな人?
母親は北口規子さんです。
規子さんは、共同石油の女子バスケットボール部でプレーしていた元実業団選手です。
共同石油は現在のENEOSにつながる企業で、母親自身も高いレベルでスポーツに取り組んでいました。
北口選手は身長179cmという恵まれた体格を持っていますが、母親もスポーツ選手だったことから、身体能力の高さには家族から受け継いだ部分もありそうです。
3歳から始めた水泳にも母親が関係
北口選手が最初に本格的に始めたスポーツは水泳でした。
3歳の頃、母親の勧めをきっかけに水泳を始めたとされています。
その後、小学1年生からバドミントンにも挑戦。
小学6年生の時にはバドミントンの全国大会で団体優勝を経験し、中学時代には競泳でも全国大会に出場しています。
現在はやり投のイメージが非常に強い北口選手ですが、幼少期から水泳やバドミントンで全国レベルの成績を残していたスポーツ少女でした。
水泳で身につけた全身をしなやかに使う感覚や、バドミントンで培った腕を振る動作について、北口選手自身もやり投につながっていると語っています。
北口榛花に兄弟はいる?
北口榛花選手の家族を調べると、兄弟について気になる人も多いようです。
北口選手は一人っ子で、兄や姉、弟、妹はいないことを本人が明かしています。
子どもの頃には両親と一緒に公園でさまざまなスポーツをして遊んでいたそうで、両親との距離が近い家庭環境だったことがうかがえます。
父親はパティシエ、母親は元実業団バスケットボール選手と、まったく異なる分野で活躍してきた両親ですが、それぞれの形で北口選手の競技生活を支えてきました。
北口榛花の学歴は?
北口榛花選手は地元・北海道旭川市で学生時代を過ごし、高校卒業後に上京しています。
学歴は次の通りです。
- 北海道教育大学附属旭川小学校
- 北海道教育大学附属旭川中学校
- 北海道旭川東高等学校
- 日本大学スポーツ科学部
旭川東高校でやり投と出会う
北口選手の人生を大きく変えたのが、北海道旭川東高校への進学でした。
高校入学時には、陸上選手ではなく競泳選手として活動を続けるつもりだったといいます。
ところが、陸上部の顧問から誘われたことをきっかけに陸上部へ加入。
そこで挑戦したのが、やり投でした。
競技を始めてからわずか約3カ月でインターハイに出場するほど急成長し、高校1年の秋には日本ユース選手権で3位に入っています。
高校2年になるとインターハイ、国体、日本ユース選手権を制し、全国トップクラスのやり投選手へと成長しました。
日本大学へ進学
高校卒業後は日本大学スポーツ科学部へ進学しました。
大学進学後も記録を伸ばし続け、2019年には日本選手権で初優勝。
同年10月には66m00を投げ、当時の日本記録を樹立しました。
大学卒業後の2020年には日本航空へ入社し、JAL所属のアスリートとして競技を続けています。
北口榛花の経歴は?
北口榛花選手の経歴を見ると、やり投を始めてから世界トップまで駆け上がったスピードの速さが目立ちます。
1998年に北海道旭川市で生まれ、3歳から水泳を開始。
小学1年生からバドミントンを始め、小学6年生では全国大会の団体戦で優勝しました。
中学時代には競泳で全国大会に出場しています。
2013年に旭川東高校へ進学すると、陸上部へ誘われたことからやり投を開始。
2015年には世界ユース選手権で金メダルを獲得し、世界を舞台に活躍するきっかけをつかみました。
日本大学時代にはさらに記録を伸ばし、2019年には日本記録を樹立。
その後、チェコを拠点とするダビド・セケラクコーチの指導を受けながら世界大会を転戦するようになります。
2021年の東京五輪では女子やり投で日本勢57年ぶりとなる決勝進出を果たしました。
そして2022年の世界選手権で銅メダル、2023年の世界選手権では金メダルを獲得。
2024年のパリ五輪では65m80を投げて金メダルに輝き、日本女子のフィールド種目では初となる五輪金メダルという歴史的な快挙を達成しました。
北口榛花の戦績は?
北口榛花選手は高校時代から数多くの国内外大会で結果を残してきました。
主な戦績をまとめると次のようになります。
- 2015年:世界ユース選手権 優勝
- 2019年:日本選手権 優勝
- 2019年:66m00の日本記録を樹立
- 2021年:東京五輪 12位
- 2022年:世界選手権 銅メダル
- 2023年:世界選手権 金メダル
- 2023年:ダイヤモンドリーグ・ファイナル 優勝
- 2023年:67m38の日本記録を樹立
- 2024年:パリ五輪 金メダル
- 2024年:ダイヤモンドリーグ・ファイナル 優勝
- 2025年:東京世界陸上 予選敗退
- 2026年:日本選手権 優勝
- 2026年:WAアルティメット選手権 優勝
- 2026年:68m92の日本新記録を樹立
- 2026年:愛知・名古屋アジア大会 銀メダル
2025年の東京世界陸上では予選敗退となりましたが、2026年には再び大きな結果を残しています。
9月に行われたWAアルティメット選手権では68m92を投げ、自身が持つ日本記録を大幅に更新して優勝しました。
さらに2026年9月27日の愛知・名古屋アジア大会では、最終6投目に62m70をマークして銀メダルを獲得。
中国の厳子怡選手が1投目に70m46の大会記録をマークして優勝し、北口選手は2位となりました。
それでも、世界選手権優勝、五輪金メダル、日本記録保持という実績は、日本女子やり投の歴史の中でも突出したものとなっています。
まとめ
今回は北口榛花選手の生い立ちや家族構成、父親・母親とのエピソード、経歴・学歴・戦績についてまとめました。
北口選手は北海道旭川市で父親・母親との3人家族で育った一人っ子です。
父親の幸平さんはパティシエとして娘の記録更新を特製ケーキで祝い、母親の規子さんは元実業団バスケットボール選手としてスポーツに親しむ環境を作ってきました。
3歳からの水泳、小学生時代のバドミントンを経て、高校で偶然出会ったやり投で才能が開花。
世界選手権金メダル、パリ五輪金メダルを獲得し、2026年には68m92の日本新記録も樹立しています。
愛知・名古屋アジア大会では銀メダルとなりましたが、28歳となった現在も日本女子やり投を代表する存在として、今後の活躍にも注目が集まりそうです。

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